中身のない瓶詰め
第三話
あれから、五年が過ぎた。
長谷部は親のコネで、この就職難にもかかわらず割と中手の企業にに就職し、ごく普通に真面目に働いていた。
あのAVは、そこそこの金になった。というか、本当に一年は遊んで暮らせるぐらいの金が手に入ったのだ。本業のAV女優並、とまでは行かないまでも、あのAVはよく売れた。おそらくそれには三村の、一歩間違えば阿漕な販売手法が大きく貢献していたのだろうが。
そしてその金を元手に、三村は一旗揚げると言って日本を後にした。噂では東南アジアか中近東にでも行ったという話だったが、全くの音信不通だった。
山口は、就職はせずに実家でバイトをしている日々だった。でも、パソコンの腕のお陰で長谷部よりよっぽど稼いでいるようだった。
「……んっ」
長谷部は唇を噛みながら仰け反った。
「ああ…そこ、もっと…」
山口が長谷部の股間に顔を埋めて、一心不乱に舌と唇を動かしていた。
三村が居なくなってから、山口は長谷部に体を求めた。一回でいいからやらせて欲しい、と頼み込んできたのだ。長谷部は初めは嫌な顔をしたが、山口の意外な押しの強さに流されて、一回どころかこうやって時々体を交えるようになった。長谷部は、結局誰が相手でも流されるタチのようだった。
「仕事、上手くいってないのか?」
風呂から上がって一息ついて、ビールを口に運びながら山口が訊ねてきた。
「仕事……は、別に、上手くいってる」
長谷部も同じようにビールを口に運んだ。
「じゃあ何で、辞めたいなんて言うんだ?」
山口は、色々と鈍感な奴だった。まず、雰囲気や状況でものを判断したり感じ取ったりする事が出来ない。相手の立場に立ってものを考えることが出来ない、気を使うということが出来ない類の人間だった。
三村も情が欠落した人間だったが、山口も何処かそういうところが似ていた。長谷部はかなり前から精神的に疲労が出ていたのだが、山口は言われて初めて気が付いたようだった。
長谷部は、こいつに話すものかどうか迷った。話しても何になると言うわけではないのだ。でも、この事を話せるのは、今じゃこいつただ一人しかいなかった。
「昔……さ、三村のヤツと三人で、ビデオ撮っただろ……それが、さ」
長谷部は口ごもりながら、今の上司がそのビデオのダビングのダビングあたりを手に入れたこと、それをネタに脅されていることを山口に告げた。
「お、おい、マジかよ……。どういう確率でお前の上司に行き渡ったんだよ、そのビデオ」
個人で出した裏ビデオの流通量などたかが知れている。不幸に不幸が重なったとしか言いようがない。
「で、脅されたって……一体いくらぐらいなんだよ」
何だったら俺も協力する……と山口が大して入ってもいない自分の財布に手を掛けた。それを横目で見ながら、長谷部は一つ、溜息をついた。
「金じゃ……ないんだよ」
それだけを訊いて、さすがの山口もどういう脅しなのか気が付いたようだった。
結局、山口にこの事を告げても何の解決策も見い出せなかったし、誰かに話したから気が楽になった、と言うこともなかった。
状況は何ら変わらず、山口はただ「お前が辛いんだったら、辞めた方が良いよ」と言っただけだった。「世の中には俺達の年でも仕事してないヤツなんか五万と居るし」なんて判りきった同情の言葉を添えて。
もっと他に掛けるべき言葉があるだろう、と言おうと思ったが、こいつに当たっても何にもならないと考え直し、やめた。
転職するにも、今以上の条件のところなんて無理だし、やたら忙しく働くのも嫌だった。第一、コネで入ったのに三年で辞めるなんて父親に顔向けできない。高望みはしない、普通の人生を歩もうとしているだけなのに、こんなところで躓きたくはなかった。しかも、こんな理由で。
山口に相談してから一週間後、辞表は書いたのだが、結局出すに出せないでいた。いざとなるとやはり、長谷部は意気地がなかったのだ。
しかし、あの上司が出張でいない来週の内に出そうと、とりあえず決心した。その後は身辺整理と業務の受け継ぎと……意外と忙しいな、などと考えたりした。
別に、好きでもない男に抱かれるのが嫌だ、と言うわけではなかった。実際、大して好きでもない山口と寝てるし、それ以外にも男でも女でも割と来るもの拒まず、が長谷部のやり方だった。
だがあのやり手の上司は、三十代後半で精力が溢れている上に、長谷部には辛い嗜好の持ち主だったのだ。
ただ身体を求められるだけだったら長谷部も耐えられないこともなかったが、回を重ねるごとに要求はエスカレートしていき、次の日出社するのが辛いことも多々あった。その時だけならまだしも、会社でその上司と目が合ったりするたびに背筋に冷たいものが走り、何気ない会話にさりげなくその事をほのめかされ肝を冷やしたり、さらに今日は開けとけよ、と目で合図されたりしたら同時に胃がキリキリと痛むのだった。
彼の下に配属されて一年、元々我慢や忍耐が出来ない性格の長谷部は、もう限界だった。
だが、それ以外にこの会社には大した不満はなかった。この時勢にボーナスは何とか出てるし、きついノルマも最近はそれ程辛くなくなった。これだったら何とか一人でやって行けるだろう、と思っていた。思っていたのに。
長谷部は憎んでも憎み足りない三村の顔を思い出し、顔をしかめながら煙草に火を付けた。ここ一年で、吸う煙草の量は倍になっていた。