理由
第四話
この日、他の大学のサークルと、交流も兼ねての練習試合があった。いつもは試合と言ってもフットサルのような、あまり本格的とは言い難いものばかりだったが、今回は広いグランドも借りてしっかり試合の体を成している。
僕はまだ一年なのでスタメンという訳にはいかなかったが、後半から左サイドで出してもらえることになった。
「あ~、何か緊張してきた」
大して緊張もしていなそうな面持ちで、伊能はリフティングをしながら呟いた。
伊能は運動神経が良くてサッカーも上手い。ポジションは主にディフェンシブハーフだが、どこのポジションでも上手くこなせた。今回も、上級生を押しのけてスタメンフル出場だ。
「どこが緊張してるんだよ」
「だってほら、リフティングが止まらねえもん」
そう言いながら、伊能は器用にポンポンとボールを蹴り上げる。後ろで蹴り上げたり、胸で受け止めたり、めまぐるしくボールは跳ね上がっているのに、身体の位置はほとんど動いていない。
「北原は? 緊張してないの」
「だって練習試合だろ? それに僕は後半からだし……わっ」
いきなり伊能が僕の方にボールを蹴り上げた。何とか受け止めて、僕もリフティングを始める。
「おっ、上手い、上手い」
別に僕までリフティングをする必要なんて無いのに、こんな風に上手いところを見せつけられると、すぐ落としてしまうのはどうにも悔しい。
僕は伊能の誉め言葉に応える余裕もなく、必死にボールを蹴り上げた。彼は余裕で僕と喋っていたというのに。
自分でもわかっている。僕は負けず嫌いなんだ。それを表に出すことはないけれど、いや、寧ろ表に出さないからこそ、負けず嫌いなんだと思う。
こうやって実力の差を見せつけられてもなお、何ともない風を装っている。そして、悔しがっている自分と何とか折り合いを付けて、実力の無い自分と向き合うのだ。
その、自分との折り合いのために、僕はいつも言い訳ばかり考えていた。今もリフティングをしながら、失敗したときの言い訳とか、あまり回数をこなせなかった理由とか、そんなことばかり考えている。
言い訳とか、理由とか、そういうものが無いと僕は自分を納得させることが出来ないんだ……受験を失敗した言い訳とか、この大学に来た理由とか……僕が国立が駄目だったのは、数学がいまいち伸びなかったからだ。そういえば、伊能は数学が得意だった……こういう僕の些細なコンプレックスに、一々言い訳をして、理由を付けて、自分に向き合い、そして彼の姿が目に入る。
僕が彼のことを気にするのは、きっとこのつまらないコンプレックスのせいだ。彼を見ていると、何とか自らに折り合いを付けている自分が、酷く滑稽に見えてしまうから。
そんな事を考えているうちに、僕はボールを落としてしまった。慌てて拾おうとすると、そのボールを伊能が拾ってくれた。
「あ、もう始まりそうだな。じゃ、行ってくるな」
グランドの方を見ると、試合が始まろうとしていた。僕は何も答えられず、ただグランドに向かっていく伊能の背中をボーっと見ていた。今まで僕が考えていた言い訳は、全て無駄になってしまったのだ。
試合は、僕たちの完勝だった。僕は後半20分頃から出場し、1アシストの貢献をしてそこそこの戦績を残した。
だがそれ以上に活躍をしたのは伊能だった。一見派手なプレイをしそうな伊能だが、非常に堅実で堅い守りをしていた。僕は試合の間じゅう、彼の姿から目を離すことが出来なかった。ボールに触れるタッチは凄く柔らかいのに、当たりは驚くほど強い。抜群のボールキープ力で、中盤の底をほぼ制圧していた。
「やったな!」
試合終了後、伊能は弾けそうな笑顔で僕に駆け寄ると、肩をガシッと組んだ。
「後半からちょっと出たくせに、1アシスト決めやがって~!」
伊能の笑顔は、僕が言うのも変だけど、可愛い。こういう笑ったときの仕草や表情が幼いから、顔立ちが幼いわけではないのに、可愛い印象を与えるのだと思う。
「伊能の方がフル出場で活躍してただろ。殆ど一人で守ってたも同然じゃないか」
「でも点に絡んだのは北原だろ~。もっと嬉しそうな顔しろ!」
そう言って伊能は僕の頬をつねった。痛いっての。
「おい、点入れたのは俺だぞ」
じゃれ合ってる僕達の後ろから、小西が伊能の頭を小突いた。彼は後半からFWで出場して、僕のアシストで点を決めたのだった。
「だってお前、頭で合わせただけじゃん」
「その頭で合わせんのが大変なんだっつーの!」
決勝点を決めた彼が今日のMVPだろう。でも僕としては、伊能の方こそ最優秀選手賞をあげたい気持ちだった。別にそんな賞は今日の試合には無いのだけど。
「おいおい、小西の背でヘディングを決めた努力を買ってやらねえと」
すると横から高橋が、フォローどころか禁句中の禁句を言ってのけた。小西がそんな高橋を物凄い勢いで睨み付ける。
長身の高橋に比べて小西は頭一つ分ぐらい差がある。普通はこういう事は気を使って触れないようにするものだが、この連中にはあまりそういう観念は無いようだった。
「あ~そうだな。小西偉い偉い」
伊能がそう言って小西の頭を撫でた。続いて高橋も撫でる。でも高橋の場合は、撫でると言うより頭をくしゃくしゃと掻き回してるみたいだった。僕は後が怖いのでやめておく。
「てめえら……この今日一番の活躍をした俺に向かって……」
「まあまあ、この後の飲み会で嫌ってほど祝ってもらえっから。この背でヘディングを決めた小西君をな~」
「高橋、てめえ~」
散々からかわれてキレた小西が高橋に蹴りを入れた。蹴られた当の高橋はそれでもゲラゲラ笑っている。
僕と伊能も、その様子が可笑しくてつられて笑ってしまった。小西に睨まれてすぐ笑い声を抑えたけど、それでも込み上げてくる笑いは抑えられなかった。すぐに僕たちは顔を見合わせると、理由もなくまた笑い出したのだった。
試合の後、練習試合をしたサークルと飲み会が開かれた。ダラーっとしていてまとまりのないうちのサークルに比べて、あっちは何となく全体的にしっかりしている気がする。
話題の中心は、言うまでもなく決勝点を決めた小西に集中した。彼も囃し立てられて、満更でも無さそうだ。あちらのサークルにはうちと違って女の子も多く、雰囲気も華やかだ。
そう言えば、三人入った一年生の女の子のうち、もう二人やめてしまっていた。うちのサークルのこのダラーっとした雰囲気が良くないんだろう、きっと。
「へえ、北原君一年生なんだ」
「あ、うん」
「でもさ、ケッコー活躍してたよね」
「ははは……そんなことないよ」
いつの間にか僕の隣には、他のサークルの女の子が座っていた。ショートカットで元気が良さそうな子だ。飾り気がなくて、マネージャーと言うよりは一緒にサッカーをしそうな感じ。取り留めのない話をしながら、そのうち携帯の番号を交換することになった。
「えっと、僕の番号は……うわっ」
後ろからいきなり首を掴まれ、後ろに倒された。何なんだ一体、と思っていたら、伊能の顔が目に入った。
「あのね、北原の携帯の番号知るのは、俺の許可が必要なの」
「え~、そうなの?」
倒れてもがいている僕をよそに、伊能は何だか滅茶苦茶なことを彼女に言っている。彼女は何が起きたのかよく把握できずに、キョトンとした顔をしていた。
「何でお前の許可が必要なんだよ」
「だって北原の携帯、俺もよく使うもん」
伊能は何故か携帯を持っていない。よく僕の携帯に、「伊能居るか~」とかかってくることが多かった。僕は別に伊能との連絡に携帯を必要としていなかったからあまり気にしなかったけど、そう言えば変だ。
「伊能も携帯買えばいいじゃん」
「いいの、俺当分携帯持たないって決めたの」
拗ねたような顔をした伊能を見て、やっぱり表情が幼いなあと思う。だからこういう理不尽なことを言ってもあまり怒る気になれない。
僕がそんな彼を見て苦笑していると、いつの間にか近くに来ていた小西と高橋が、大笑いしだした。
「何だよ、笑うなよ!」
「だってさ~、北原、知ってる? コイツが携帯持ってないワケ」
「あ~っ、言うなって、馬鹿!」
ゲラゲラ笑う小西を伊能が身を乗り出してどついた。彼がこんな風に慌てるのも珍しい。
「何? ワケって」
首を傾げた僕に、小西がさも可笑しいと言わんばかりの顔で言ってきた。
「コイツさ~去年、二股かけやがってさ~。しかもそれがバレて、キレた女がイタ電とか脅迫メールとかしてくるようになって、それで携帯トラウマになっちゃって持つのやめたんだよ」
「ああ~っ、だから二股じゃないっての!」
「似たようなもんだろ」
「だから、同時に告られたから答えを保留していただけで……」
僕は絶句しながら伊能の辿々しい弁解を聞いていた。周りでは「うわ~、最低だな!」とか、色々からかう声が上がっている。
そう、関係ない人間にはこれは笑い話だ。小西や高橋も伊能をからかうネタにしているぐらいだから。
でも僕は今、何も言えずにただボーっと周りの話を聞いている。何て言っていいかわからなかった。そうだ、今僕は、ショックを受けているんだ。