夏の雨、冷めない熱

最終話


 最終日の朝、やはり雨は止まず小雨がしとしとと降っていた。先に起きた奏太がため息混じりにテントから空を見上げると、後ろから映之がもぞもぞと起き上がってきた。
 昨夜のことを思い出して顔もまともに見られない奏太をよそに、映之は気にもせず奏太の頭をガシッと掴んで押しのけると、ひょこっとテントから顔を出して空を見上げた。
「雨やまねーな」
「う、うん……」
 映之に暖めてもらったお陰か、寒気は落ち着いていた。仮設シャワーを浴びて身支度を整え、映之から借りたゴアテックスのジャケットを着る。少し行けるような気がしてきた。



 が、ステージのあるエリアに向かい、ライブが始まった途端、激しい頭痛に襲われフラフラになりながらテントに戻る羽目になった。
 バスドラの音があんなに頭に響くとは思わなかった。さすがの映之も心配して肩を貸すほどだった。
「歩ける?」
「だ、大丈夫……。ゴメン、ライブ見に行ってていいよ」
 せっかくの最終日、二人ともまだ何にも見に行っていなかった。ここで映之まで巻き込むのはあまりに申し訳なかった。ろくな雨具を持ってこなかったのも、無理して貧弱な装備でライブを見て回ったのも、全部自分のせいであって映之は関係ない。
「いーよ、気にすんな」
 素っ気なくそう言うと、映之は着ていたTシャツを脱いで外でギュッと絞った。

 テントの中は昨日からの雨のせいでカオス状態だった。濡れた服やタオルをかける場所はもう無くなり、ビニール袋にとりあえず放り込んで隅に積み上げている状態だ。帰りにこれを整理しないといけないのかと思うとウンザリする。奏太は熱でフラフラになりながらも、寝る場所を確保するため荷物を寄せてバックパックに入るだけしまい始めた。勿論、映之は荷物の整理なんてするわけがない。
「あ、そうだ、これ飲もーぜ」
 荷物の整理をする奏太をよそに、映之は帰る途中に何とか確保したホットワインを出した。
 実はというと、奏太は酒自体飲んだことがなかった。でもあの映之と仲の悪い長髪男、タツの勧めで風邪にいいと聞いたので買ってきたのだ。映之とはソリが合わないようだが、彼も見かけによらずいい人だな、奏太は思うのだった。
 一口、口にしてみる。ふわっと香るオレンジの酸味とシナモンの風味がワインの苦味を和らげ、温かさと相まってとても飲みやすい。アルコールの強さにクラクラしながらも、ちびちび飲んでしまう。
「おれにもちょーだい」
 映之が身を乗り出してきたので渡してやると、グビグビ飲み出した。
「お、これうめー」
「ちょっ、おれの分残しといてよ!」
 慌てて分捕ると、奏太は取られまいと必死にぐいっと一気にあおった。慣れないアルコールに胃がカッと熱くなる。
「もう一杯買ってくれば良かったなー」
 ホットワインの香りがテント中に充満して、湿気を含んだ空気をいくらか和らげた。
「そう言えばさあ」
 奏太と並んで横になった映之が、仰向けになった奏太の顔を覗き込んだ。映之の表情が優しく見えるのは、アルコールのせいだろうか。
「ゆうべ奏太が寝た後、スマホであの後どうするか調べたよ」
「えっ」
 奏太が驚く暇もなく唇を塞がれた。今度は間髪を容れず舌が入ってくる。
「ん……んんっ」
 物凄く熱い舌。やり方が分からないのか無茶苦茶に絡んでくるのが、余計に唇を奪われた感じがしてくる。時々歯が当たり、唾液が滴り落ちるのも気にせず何度も舌を絡めた。
「は……あ、」
 ようやく唇を離すと、二人でため息をつく。オレンジの混じったホットワインの味がした。映之の目は潤んで、今まで見たことが無い色っぽい表情をしている。
「ヤバイ、すげー興奮する」
 映之はそう言うと、また唇を重ねた。今度は奏太もおずおずと舌を絡める。自分の身体が、舌先が、甘く痺れているのに気が付く。これは熱のせいだろうか、身体に力が入らない代わりに、身体中が敏感になっている。
 ふいに、映之が身体を起こした。
「このあとどーすんのか、テンパって調べたこと忘れた」
「はあ!?」
「確か、何か塗るんだよね?」
 塗るってどこに何を塗るつもりなんだ。て言うか、いきなりそんな本格的なことをするつもりなのか。
「そ、そんな凄いことしなくていいよ、ちょっと触るだけとかにしてよ」
「触るってどこを?」
「えっ、それは……」
 顔を真っ赤にして口ごもる奏太を見て、映之がニヤッと笑うと勢いよく覆いかぶさってきた。
「どこか言えよー」
「や、やだっ」
 熱を持ち始めてきた下半身を力まかせにまさぐられる。経験の無い映之に繊細な愛撫など無理な話だ。ハーフパンツの中に手を入れられ直接ギュッと握られると、奏太は腰を引いて抗った。
「やっ、やめ……」
 それでも感じてしまう自分が嫌だった。握った映之の手まで濡らしているのに気がつく。
「すげー、奏太めっちゃ感じてる」
 ちょっと面白半分に言っているのがムカつく。奏太は悔しくなって、思い切って映之の下半身に手を伸ばした。化繊のカーゴパンツ越しでも分かるくらい硬くなっていて、触れただけで頭が痺れるくらい興奮した。
「あー、も、ヤバイ、まじで」
 映之の息遣いも荒くなってきた。まどろっこしくなってきたのか、映之は勢いよく服を脱ぎ始めた。何のためらいも無く下着まで脱ぎ捨てる。
 勃ち上がった映之のモノを目の当たりにして、しばし奏太は呆然と眺めていた。嫌悪感を抱くどころか、凄くきれいだと思ってしまう自分にビックリしていた。
「何ボーッとしてんだよ、お前も脱げよ」
「う、うん」
 渋々服を脱ぎ始めた奏太の手は押し退けられ、映之にアッサリ身ぐるみ剥がされた。奏太は恥ずかしさで顔も上げられない。
 そんな奏太を、映之はギュッと強い力で抱きしめた。息をするのも苦しいくらいだ。さっきから力の加減が分からない映之に翻弄されてばかりの奏太だったが、肌と肌が直接触れあう心地良さには勝てず、腕を背中に回してしまう。
 信じられないくらい密着していた。体温を共有することがこれほど気持ちいいとは思わなかった。テント内の湿気を帯びた空気が、余計にそう感じさせるのかもしれない。
 風向きが変わったのか、遠くに聞こえていたはずのライブの音声が大きくなっていた。激しいバスドラの音、ハウリングの音、歓声。何だか現実じゃないみたいだった。
「あ……、これ、見たかったライブだ」
 蛍光ペンでタイムテーブルにチェックしたアーティストだった。辛うじてメロディーラインが聞こえる。
「今から見に行く?」
「む、無理……」
 抱き合う腕の力を緩めて、二人は毛布に倒れ込んだ。映之は奏太にのしかかり、また唇を重ねた。さっきよりも少し上手くなっていて、歯が当たらなくなった。舌が絡むたびに息をするのも忘れるくらい興奮した。
 すっかり先走りで濡れて硬くなった下半身を握られる。擦り上げられると、奏太は堪らず声を上げた。
「あ、ああ……っ、や、やだあっ」
 我慢できずに快感で身体を仰け反らせてしまう。それでも必死に手を伸ばして映之自身のモノを掴んだ。彼のも凄く硬くなっていて、熱を帯びていた。二人は夢中になって手と下半身を絡めながら不器用に愛撫しあった。
「奏太、すげーエロい……」
「え、えーし、おれ、も、だめ……」
 奏太はかぶりを振りながら映之の手の中で果てたのだった。



 翌朝、嫌味なくらい晴れ渡った空が広がっていた。
 フェスの間中ずっと鳴っていた音楽は消え、代わりに鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 奏太がテント内を整理していると、映之からメールで連絡を受けた坊主頭が様子を見にやってきた。弟の長髪男も一緒だ。
「エーシ、お前片付けもしねーで何ボーっとしてんだよ」
「あームジさん助けて! おれもー倒れそー」
 あれから二人は夢中になって何度もした後、そのまま眠ってしまったので、元々風邪をひいていた奏太は勿論、映之も風邪をうつされ高熱を出してしまったのだった。
「助けてじゃねーだろ。テント潰さねーと帰れねーだろーが、働け!」
 坊主頭にケリを入れられ、映之は渋々荷物をまとめる。奏太はというと、喉の痛みで声を出すことすらできず、ただ黙々と帰り支度をしていた。
 高熱のため、奏太は勿論、映之も車の運転ができなくなってしまったので、坊主頭に映之達の車の運転をお願いすることになった。
「おれこっちの車運転してくっから、タツ、お前うちの車で帰れ」
「オッケー。そーちゃん、うちの車乗ってく?」
 長髪男が奏太に声をかける。しかも、呼び方がいつの間にか『ちゃん』付けになっている。
「乗るわけねーだろ!」
 引っ込んでろ! と映之が長髪男に食ってかかった。高熱にも関わらず映之は喧嘩をする元気はあるらしい。いがみ合う二人を眺めながら、声の出せない奏太は、何でもいいから早く帰らせてくれ、と思うのだった。



2015年公開
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